宮田宣也のブログ/明日がもっとスキになる

今,守るべき,つなぐべきこころって何だろう。

地方の祭りと都市の祭り。継続の危機を迎える祭りの,大きな違い。

先日,和歌山すさみ町の祭りに参加させて頂いた。

どちらも地域の小さなお祭りだ。

その継続と発展について,真剣に取り組む人たちがいる。

人数はそんなに多くないが,とても楽しそうにお祭りに取り組んでいる。

「都会のお祭りは,ものすごい盛り上がっていていいですね!」

地方の祭りに行くと,必ずそう言われるが心が痛む。

それは何故か。

2枚の集合写真

こちらは僕の里,横浜の祭りの集合写真だ。

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そしてもう一枚,先日参加させてもらった和歌山県のお祭り。

 

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2枚の集合写真の違いが,わかるだろうか。

都会の祭りと地方の祭りの状況が,よくわかる。

横浜の祭礼は,僕以外ほとんど全てが「地域外の人」だ。

そして和歌山の祭礼は,僕だけが「地域外の人」。

つまり,祭りの中心を担っている人たちが違う。

地方の祭りでは,「祭りの応援を呼ぶ」と言う文化が無いところが多い。

しかし,都会の祭りで,他地域の応援を呼んでいないところはあまり聞かない。

この違いは何か。

お祭りに参加しているのは誰か

地方の祭りで維持が難しくなっている場所は,主に過疎が原因となっている。

例えギリギリの人数でも,何とか自分たちで神輿を担ぐし,祭りを行う。

外部の人が祭りに参加しに来る,という文化はあまりない。

僕はいつも,幸運なことに強いご縁を頂き参加させてもらっている。

地方の祭りは本来の形である,氏子が氏神様をもてなす,という形は維持されている。

人口数百人の村でさえだ。

しかし,都会の祭りでは,他地域からの応援団体がいなければ祭りが出来ない,神輿が上がらない,という場所も多い。

無論,住民はたくさんいる。

住民の中で祭りに参加している人の割合は,圧倒的に地方の祭りの方が高いだろう。

僕の里,横浜市栄区小菅ヶ谷は人口6000人程いるが,神輿を担いでいる人は5,6人しかいない。

一方,和歌山県すさみ町下地地区は人口600人程で,祭り参加者は100人近くいただろうか。

祭りの状況は全く違う。

都会の祭りは,人口が多くても,氏子たちで祭りを継続して行く力は無くなってしまっているのかも知れない。

「エンターテインメント」としてのお祭り

一般的な視点では,お祭りは「休日のエンターテインメント」としか捉えられていない。

都会では,エンターテインメントは無限にある。

溢れる魅力的なコンテンツの中から,祭りを選んでもらうのは非常に困難だ。

もっと強いモチベーションが必要である。

次の時代につなぐための祭り参加のインセンティブは何なのか。

僕は祭りの深奥を探って行きたい。

神社や祭りはその存在にあぐらをかき,更新をおろそかにしてきた。

次の時代につなぐことができる祭りの形の答えを,僕らが見つけなければいけない。

今のままでは外来の文化に押され,先人が繋いできた自身の文化を見失ってしまう。

残していくべきは祭りという形なのか,そこに流れるこころなのか。

伝えるべきものと方法を,明確にする。

まだ,間に合うはずだ。